築200年の古民家を、4代目のご主人の代で新築したAさん宅をお訪ねしました。伊吹山の麓に位置する本巣市は「富有柿」の名産地で知られています。山間にひっそり佇むかのように建てられた、200年の歴史がある邸宅の初代当主は医師でした。こだわりは自宅の庭、京都から名勝庭園を手がけた職人を呼び寄せ、一ヶ月の工程で風光明媚な日本庭園を造らせました。
外構は白壁の土塀が囲み、正門から瓦屋根の和風木造門をくぐると前庭があります。門から玄関までのアプローチと、その周囲に建物との調和を考え植栽された木は、松を中心に敷石などの扱いも見事に『モダン和風』を表現。庭に入る屋根や扉の付いた入り口は「わびさび」がある庭門に。そこに木の看板が掲げられています。
これは3代目の当主の友人で、書家が書いた一品物。【向陽庵】と書かれていましたが、その名の謂われは当主がすでに亡くなられているため、知るよしはありません。しかしその響きから、日だまりを思い起こさせます。この庭に日差しが燦々と降りそそぐ様を表してそう名付けたのではないでしょうか。
Aさん宅の新築に際し、名古屋市にある『白山神社』の宮司がお清めに出向いた時のエピソードに、「宮司様が池庭を見て、その素晴らしさに感激し感極まったとおっしゃいました。」というお話を、4代目当主のお母様からうかがいました。同神社の宮司の和田さんに当時のお気持ちを聞いてみた所、こんなふうに話されました。
「僕が大学を出てすぐ実習に行った、奈良県吉野山の『吉野神宮』からほどない所にあった『竹林院』の宿坊【郡芳園】の池庭回遊式借景庭園を思い出したんです。あの頃、散策がてら訪れてはその景観にうっとりしたものです。1年間の修行期間でしたが、Aさんのお庭を拝見し、懐かしさでつい涙がこぼれました。」と。
また、作庭後の手入れを任された庭師の松尾さんは、お祖父様の代から3代に亘り庭園のお守りをされてきました。年2回ほど、5人の職人を連れ入庭されたとか。一回で10日間も要したそうです。松尾さんは、70才を越えた今も現役で庭師をやられていますが、Aさん宅の庭守りは退けられました。その松尾さんによると、庭のあちこちに点在していた松の大木は20年位前から虫食いに合い、次第に枯れていったそうです。
木の本数は30数本あるのではないかとのこと。背高のまきの木やかしわの木、うばめがし、もみじは樹齢100年以上。また、もちの木は40年ほど経っています。池は、用水路が庭に流れ込む為、自然水で水質も良く、なまずも住み着いたとか。昔は錦鯉も数十匹居ました。新築にそうした先祖の思いが通じたのか、4代目が口にしたこだわりは、「L字型の大きな窓を配し、部屋から庭を眺めたい。」でした。(西原)


















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