北名古屋市で30数年間酒屋を営み、夫婦で仲良く切り盛りし、人の良さそうな店主と明るい奥様として評判が高かった『土岐酒店』。酒好きに馴染みの深かった酒店が昨年の春閉店しました。土岐酒店の歴史は、岐阜県中津川市出身のご主人が、名古屋の某酒屋に就職し、そこで酒のノウハウと経営者になる実質を学び、独立に至ったことです。ご主人が25才の頃のことで、奥様との結婚を機に『土岐酒店』を開店します。

20代の若い夫婦の酒店は、活気が有り、瞬く間に常連客が増えます。売り上げも順調に伸び、経営も安定してきた頃、趣味で徳利を集め出すご主人。店内の天井下をぐるりと囲むように並べられた徳利の数々。入手先は同市の作り酒屋や岐阜県海津郡にある『お千保稲荷』の参道の出店。骨董品を扱う店の常連になり、度々訪れては掘り出し物を買い足すいきよい。いつしか徳利は300本を越えました。
お気に入りの品々は、瓶のてかり方や色合いにくすみかかった感じなどの時代物。瓶の印字は地名や店の屋号などと、空の徳利を持って来店し、代金と引き換えにお酒を注いでもらう『通い徳利』に見立たことによる、客名も記載されていました。瓶には登録番号も振ってあったそうです。

日々眺めて楽しんだり、興味のあるお客さんにお分けしたりするなど、徳利の収集家として幅広い種類を集めていましたが、ある時、店に車が突っ込んだ事故で、豪快に何本の割れてしまったとか。それでも、好きな収集は止めれず買い足しを繰り返したことで、一向に本数は減らず、ついに飾り用の棚を作り陳列することに。(注:写真参考)

しかし、時代は移り行き、息子さんも新しいご家庭を築かれ孫も誕生、酒店と自宅を取り壊し、2世帯住宅を新築されます。さすがに、もう自宅で商売を営む訳ではないので、陳列用のスペースは設けられず、市内の骨董家や知り合いにそのほとんどを譲ってしまわれたそうです。それでも、思い出に数本残された徳利は、玄関ホールの正面の天井から近い位置に棚を作り、整然と飾られることに。

奥様は「主人が好きで集めた徳利、当時はこんな風に店内に沢山飾っていたのよ。」と。賑やかな店内の写真を拝見。床から天井高まで、5段の棚を配した飾り棚は、見応えがありました。独特の形の陶製の徳利、首が細く、下部に膨らんだ容器が特徴的です。日本酒を注ぐ時、「とくとく」という音がすることから、その名が付けられたとのこと。また、『通い徳利』は、中身があるとけっこうな重さになるので、お客が肩から下げて持ち歩いたことから、『一提げ』(ひとさげ・いっちょう)という数え方をしました。(西原)


















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