こんにちは。
今週は本店リフォーム部 営業担当のイッシー・ミネオがお届けします。
前回のブログで、
日本人の思想の成り立ちの前編をご紹介させて頂きましたが、
今回はその続編をお届けしたいと思います。(5/12前編を参照下さい。)
(前編より)645年 大化の改新により、
長年実権を握ってきた蘇我氏が滅び、
日本人の思想にも多大な影響を及ぼすことになります。
天皇家への復権と同時に、仏教が広まっていくなか、
神道復権を果たしていくのです。
ここで注目されることは、
大化の改新を成し遂げたうちのひとり、中臣鎌足(後の藤原氏)が、
天照大神(アマテラスオオミカミ)派の神道を崇拝していたことです。
鎌足の死後、
その息子藤原不比等(ふひと)により、
藤原家はめきめきと頭角を現していきます。
701年“大宝律令”を編纂し、奈良平城京を整備し、
さらに、日本で初めての書物【古事記】編纂にも携わりました。
そこで不比等は、
天照大神が古来からの国家神であるかのように編纂してしまいます。
天岩戸(あまのいわど)に天照大神が隠れてしまった話や、
スサノオがヤマタノオロチと戦う話がそうです。
日本の新しい歴史を塗り替えてしまったと言っても過言ではありません。
その根拠としては、日本の神社が、
伊勢派(アマテラス派)と出雲派(スサノオ派)と
どちらが多いかというと、古来より圧倒的に
“地の神スサノオ(大国主神)”をまつった神社が多いということ、
また、江戸中期に入って天照大神派が、お伊勢参りを慣習化させて、
ようやく国民に根付いたという記述があるように、
【古事記、日本書紀】編纂より、千年以上認められていなかったという事も
上記を裏付ける話ではないか、と思います。
それを決定づけたのは、明治時代に再度、どちらが国家神かの論争が持ち上がり、
明治天皇が、天照大神を国家神と正式に表明したため、それ以後は
誰もが天照大神を国家神として考えるようになった、ということのようです。
このように日本人は古来より、
八百万の神を祀っていたように、
宗教に限らずですが、
何にでも融合できる特殊能力を持った人種のようです。
これまで日本史上、6回の大きな危機がありました。
ひとつは、鎌倉時代の元寇、
2番目は幕末時代の欧米列強とのやりとり、
3番目は欧米文明を取り入れたことからの日本人崩壊の危機、
4番目は日露戦争、
5番目は第2次世界大戦とその敗北、
そして、
6番目は現在の日本人らしさ、アイデンティティーの喪失という大危機で、
着々と進行し、あまり危機感のないところが恐ろしいといわれています。
3番目の危機も現在と同じような危機でしたが、
政治主導で教育を見直したことで、
日本人崩壊の危機を食い止めた前例もありますので、
現在の危機もひとりひとりが、
日本人の長所・良さ・美風に気付き、見直すことで乗り越えられると思います。
日本人の思想の成り立ちをテーマに、
日本の歴史をひもといてきましたが、
現在の日本人に足りないものは何かを、
考えるきっかけとして少しでも役立てば幸いです。
かなり信仰宗教的な要素が関係してしまったので、
あくまで仮説のひとつとしてご理解頂きたいと思います。
合掌<(_ _)>

















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